真理 天野忠
嚙みしめれば嚙みしめるほど
この世は美しいものです と
リーダーに書いてあった
私は学校から
いつものようにはだしでかえった
ひからびた畑で
ごくつぶしのおじいさんがこっそり
ひからびた蕪を抜いていた
――嚙みしめれば嚙みしめるほど
この世は美しいってほんとかい?
骨と皮だけのおじいさんは云った
――そのとおりじゃよ ジャック
そして歯の無い口をあけて
蕪をかじった。
詩集『動物園の珍しい動物』(1966)より
社会の片隅の庶民感覚に根ざして、平明な言葉で人生の不条理を見つめるところに、天野忠作品の特徴はある。
しかし、本作「真理」では、人の不条理を描きながら、さらに敗者あるいは社会からの爪弾き者の内にある〈強靭な反抗心・生命力〉のようなものが表現されている。「ひからびた畑」から「ひからびた蕪」を抜いているのは「骨と皮だけのおじいさん」であるから、ひからびたおじいさんが蕪を盗んでいるのだ。ところが、このひからびたおじいさんが、たいへんにしたたかで、謎めいていて、しかもどこかユーモラスでもある。
「そのとおりじゃよ ジャック」という、この一行に「ジャック」の一言がなかったら、この詩はずいぶん雰囲気が違っていたのではないか。このユーモアと微量の謎が、この人物に正体不明な知性を付与している。次の展開で、歯の無い口で蕪をかじるところで、おじいさんの野性的生命力が強調されるだけに、なおさら知性の提示が効いていくのだ。
単純な道具立てで(単純な言葉を反復させて)、おそらく少年と老人の一瞬の出会いを短い作品にして、このように深みを表現できるのは本当に見事だと思う。