島山の風
野を埋むるセイタカアワダチ、劣勢の芒の円陣、朝風寒し
志摩の国にいつか入りし 窓過ぐる傾りの木々の濃くなりゐたる
ドイツ民主共和国製写真機をさげて浜ゆくめぐり志摩の風
蛤を焼きつつをみな呼び込めば小さき店に三組の客
蛤は香に立ちふはふは伊勢うどん一人の旅に風通る店
鳥羽湾を見下ろす丘はしろじろと秋陽射すかも風やまぬ昼
伊良湖ゆきフェリーの進む鳥羽湾の空の高みにちぎれ雲あり
志摩の国鳥羽に宿れば島山といふ言葉沁む朝のながめに
うみやまに向きて佇つ時忘れ得ぬ忘るべからざるフクシマダイイチ
住まひこしこの島国にひと住めぬ地を残さむや我らが世代
歴史書に引揚者につぎて書かるべし。福島避難民、一人をわが知る
真珠島へ真珠を買ひにゆくといふ男と別れ風に向きゆく
誰がために真珠買ふらむ老紳士足早に行く背を見送りぬ
夏向きの鳥羽の駅舎の白壁を寒々と見せ抜くる海風
志摩のはて安乗の崎の灯を見るは後の日となし特急にあり
作者紹介
- 上條雅通(かみじょう まさみち)
1954年、東京生まれ。1976年、岡野弘彦主宰の「人」入会。1993年、「人」解散後、藤井常世主宰「笛」入会。現在に至る。そのほか、山下雅人主宰のカノンの会などに参加。歌集に、『遠街の音』(1986年、牧羊社)、『駅頭の男』(2007年、砂子屋書房)。