きょりわるじかん 中家菜津子
電車を流れている時間は、わたしを流れる時間に、やや遅れてやってくる。先頭車両
から前方を眺めても線路上の一点に今という瞬間は定まらない。見渡せば横たわる距離
があるだけだ。瞬間はいつも立体的な陰翳を保ちながら夕日のように訪れて、水面をゆ
らす、つまりその水底までを。そして
振り返るとき、わたしは剥かれた林檎の皮として時間を眺める。
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ポケットに切符を探している人がポプラのように改札に立つ
たてかけた傘は倒れて晴天の車内に雨の匂いは残る
二階席ふたりで眺める窓の外、倉庫の屋根は言わば海原
体重を君にあずけたゆるやかに右へ膨らむカーブにゆれて
のぼりくだり窓は重なりその奥で誰が鏡像かわからなくなる
トンネルの鏡のような窓は消え銀杏並木にあふれるひかり
うたたねのまぶたにあわく陽はさして闇にひとすじはちみつたらす
はじまりとおわりはわたしが決めること檸檬は荷から床にころがる
君までのきょりわるじかん、それははやさ。ひかりの帯となりゆく列車
鉄橋の電車は夕日を反射してひかりの帯が川面を渡る
作者紹介
- 中家菜津子(なかいえ なつこ)
北海道出身 東京近郊在住
現代詩と短歌、その融合
2012年 未来短歌会に入会 加藤治郎に師事
2013年 歌壇賞候補「沃野の風」
詩歌トライアスロン最優秀作品「うずく、まる」
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うずく、まるわたしはあらゆるまるになる月のひかりの信号機前