皿の上の水を照らす 東 直子
平泳ぎで海を越えていったこと小さな河童になっていたこと
廃線の線路の上に幻の駅の名前をつらねて走る
キーストーン百一年目の夏に入る女人禁制書斎公開
ねじりつつはずす電球まろやかにホオジロハクセキレイの信念
続編をもたぬ物語として一対の指そろえて祈る
一膳の箸、一箱におさまりて深夜しずかなテーブルの水
エナメルのような夜の道をゆく翼を持たず尾鰭を持たず
おしなべて黙る待合室で観る無音のままのショップチャンネル
白い含み笑いを向けるおかあさん私もう五四歳だよ
ヤクルトでおうちを作りかけていた夕焼けせまる畳の部屋に
磨り硝子の窓がカタカタ音たてて眼鏡の子供同士の誓い
うれしそうに消え失せていく白線の思い出せないポニーテイルの
甘い言葉をそそがれているさびしさをつまさきごしにふと伝えたい
校庭のトーテムポールと理科室のプレパラートが(声)おくりあう
歩きながらこぼれはじめることばたち路地にはみだす緑にふれて
おだやかな静脈の色とけている花にしずかな真実たくす
新しい指紋をもらい生きていくアンドロイドのように、紫陽花
根の浅いうちに抜かれた草たちがひとしく乾く五月、夕暮れ
夕暮れのプラットホーム透明な鞄のようにベンチに座る
むき出しの老婆の瞳わたしたちの仕方のなかった時もやしつつ